映画『嘘を愛する女』
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10年間温めていたという中江和仁監督のオリジナル脚本。その企画はTSUTAYAが主催する映像企画のコンテスト“TSUTAYA CREATORS' PROGRAM 2015”にて見事グランプリを受賞する。
「474本の中から最終的に7作が選ばれたんですが、圧倒的に中江監督の企画が面白かった。映画としてスクリーンで観たいと思ったのは、コレだった」と当時審査員だった阿部秀司プロデューサーは語る。
こうしてTCPの初代グランプリを獲得した中江監督の企画は、更なる開発に2年の歳月を経た後、豪華キャストでの映画化が実現した。阿部と同じく、TCP2015で審査員を担った黒木瞳は、なんと主人公・由加利に助言をする飲み屋の女将・マサコ役で登場する。
「お世辞抜きで、この企画が一番面白いと思いました。プレゼンで、小さな新聞記事から、スクリーンに上映される映画の企画にしたいという熱い想いを知り、映画になったこの作品を、実際に私の目で見てみたいと思いました」(黒木)
構想約20年。良く熟成された中江監督の初の長編映画『嘘を愛する女』は2017年3月12日に無事クランクインを果たしたのだった。
役者たちにはクランクイン前に、それぞれのキャラクターの設定資料が渡されていた。
例えば川原由加利の資料にはこんな内容が書かれてあった。
“生まれは福岡。6歳の頃に父の仕事の都合でシンガポールに移住。その後はマレーシア。父は家電メーカーの宣伝部。バブルの頃だったので裕福。家には広告業界の人が貢物を持ってよく出入りしていた。転勤が多かったせいか、家族の仲は良かった。4歳下の妹がいる。向こうでは日本人学校に通ったが、二人とも英語は堪能。母親の口癖は「男前は信用するな」”
そのキャラクターの家族構成、家族からの影響、学歴、性格形成にまつわるエピソード、性格などに加え、愛読本に至るまで、その資料には細かく人物のバックボーンが描かれている。さらにそれぞれのキャラクターがどういった服装をしているのか、また勤めているオフィスや海原の探偵事務所のイメージ写真なども添付されていた。
「脚本を書く時にキャラクターの詳細な設定を作ったほうが良い」と監督。
そういった設定資料の存在もあり、俳優陣やスタッフは、それぞれの役をぶれることなく創りあげていった。
「私は『監督の中に由加利がいる!』 と感じていたので、監督の想いをくみ取る事が演じる上で大切でした」と長澤。
監督からすると、そんな長澤はとても真面目に役作りに励む人という印象と語る。
「海原の車が動かなくなって由加利が押す長芝居では、寄りカットを何度も撮り、やっとOKが出た後に引きカットを撮ったのですが、そんなに顔が映らないにもかかわらず長澤さんは『今(寄り)と同じように』と、小声で自分自身に言い聞かせながら撮影に臨んでいました」(監督)
ちなみに『世界の中心で、愛をさけぶ』以来、3度ほど共演を果たしている高橋一生は、「非常に強い方です。しなやかだし、柔軟だし。お芝居に対しては間口が広く、どんなタイプの監督に対しても柔軟に対応していく。それでいてとてもタフで。折れない心を持ち合わせている」と評している。
また由加利の旅に同行することになる海原役の吉田は「ホントに自然体で気さくな方。現場では長澤さんがリードしてくれる。お芝居はナチュラルでありながら、締めるところはしっかりと締めてくる」と長澤を絶賛。そんな息の合った二人の雰囲気が、劇中で心を解きほぐしていく由加利の心情をより見事に描き出していた。
「とにかく今回はいろいろ試せるだけの時間がある贅沢な現場。監督や周りの反応で、お芝居を何通りも試して役を作り上げていくことができました。ベースとしての桔平像は頭の中で持っていましたが、一度捨ててみて自由に動いてという感じでした。もともと演じる上で、あまりキャラクターにこだわることなく、ということがモットー。人は多面性を持っているもの。特に桔平は自分をどこまで隠しているのかわからないですから」(高橋)
最も意識したのは居住まいがどのように映るかということだったそう。そんな高橋のことを「自分にはないものを持っている役者だから、尊敬の眼差しで観ていた」と長澤は言う。
一方、吉田の初日は聴き込みのシーンから。探偵としてのアドリブが求められるような撮影になった。
「慎重になりました。海原のイメージを方向付ける事になりますからね。でも本質的にはざっくばらんで、あまり裏表のない人柄でやっていこうとは思っています」と初日に語っていた。
そんな吉田に川栄李奈が回し蹴りを見舞う撮影があった。
「実は一度、サポーターがないところに蹴りがあたってしまいました。鋼太郎さんとは今回で三度目の共演になりますが、いらっしゃるととても安心します」(川栄)
心葉は桔平に想いを寄せる、謎のゴスロリ女子大生。演じた川栄李奈は「自分の思い通りに演じてみたのですが、ちょっと変わっている子だという意識をしないと監督からOKが出ませんでした。リアクションが普通すぎてもダメ。すごく難しかったですが、心葉のゴスロリ衣裳も素敵でテンションの上がる楽しい役でした」と語る。
誰もが驚くのがキムこと木村に扮したDAIGOの役作りだろう。「控室にいる男性がDAIGOさんだと、しばらく気が付かなかった!」と目を丸くしていたのは川栄。無国籍な感もあるキムを演じるために、DAIGOはロン毛のカツラを被るだけでなく、ある初めてのことにチャレンジした。
「それは僕のHG。つまりヒゲ。ヒゲ剃ってないDAIGOは本邦初公開ですから。他にも苦労したのは声のトーン。ちょっと低めにしてほしいと言われたんです。基本的に僕はバラエティ番組とかに出ているからやや張る癖があるんです。そんな事もあって低めで自然に演じたいのに、なかなか声が定まらない感じもありました。ファッションは普段の自分とはかけ離れていて、逆に役に入り込むことができました」
実は芝居が好きだそうで、映画にも積極的に出演したいと思っていたのだそう。
「お客さんが僕を見てどういう反応をするかも楽しみです。むしろ最後のクレジットを見て『あれDAIGOだったの?』って思ってもらえたら最高かなと。あと今後は、ウィッグとかヅラをかぶっていろんな役をやるっていう可能性も広がった」
ひょっとしたら、この作品をキッカケにカメレオン俳優として花を咲かせるかも……。
古き良き日本映画のようにカメラを1台しか使わずに撮影に臨んでいた事も中江組の特徴だ。しかもフィックス(固定)画面での撮影が比較的に多い。その1画面1画面に監督はこだわりを持って臨んでいた。例えば由加利が推し進める新商品のゼリーを開発しているラボでのシーン。カメラ位置はビーカー越しで撮影を進めていた監督だったが、そのビーカーの位置がイメージに合わなかったのか、突然自らビーカーを動かし始めて美術スタッフが飛んできたことがあった。
監督の細かいこだわりに応えるため、ラボ内にあったカレンダーの写真を植物の写真に貼り換えていたことも印象的。体に優しい食品を扱っている企業としてのイメージも大切にした美術スタッフの配慮なのだろう。そういった細部にこだわった装飾がさまざまなシーンで見られた。
モノだけではない。役者にも画の中にしっかり存在できるよう、体の位置や手の動きなど細かいところにリクエストが飛ぶ。撮影部にも同じカットでも違う角度での撮影を指示するなど、良い作品にするためのあくなき追求が続いた現場だった。
「カメラが演技をしてはいけないと思っていた」という中江監督。役者の演技を真摯に切り取るための画が、積み重なっていくうちに観る側に登場人物たちの複雑な心情を想像させるのだ。
ミステリアスなラブストーリーでありながら、ロードムービーとしての要素もある本作。そこで由加利が桔平の真実を探る場所として選ばれたのが、瀬戸内だ。広島県尾道市から向島・因島・生口島・大三島・伯方島・大島などを経て愛媛県今治市に至る延長59.4 kmのしまなみ海道を中心に、様々な場所でロケが行われた。
「実は制作部からしまなみ海道へロケハンに行くと聞かされた時、以前、旅行して自分の足で廻ったりもしていたので、結構知っているつもりになっていました。でも制作部は地元の人でもなかなか知らないような画になるロケーションを、何ヶ月もかけて捜してくれていた。改めて瀬戸内の素晴らしさを知ることができました」(監督)
中でも印象的なのが、フェリーでしか行くことができない大下島でのロケだった。瀬戸内のロケでの一番のポイントである、桔平が小説の中に記した灯台は、ここにあるアゴノ鼻灯台で撮影された。海に突き出た岩場の上にポツンと立つ灯台だが、その周辺の岩場はとても滑りやすく、万が一にも足を滑らせて怪我でもしたら簡単に病院にも行けない状況だったため、細心の注意を払って撮影が行われた。ちなみにアゴノ鼻灯台になったのは、“あるモノ”を実際に隠す穴があったからだとか。ここでは大型クレーンなども導入。灯台に向かって走る海原の車のシーンを実際に吉田が運転して撮影。ここでもこだわる監督はクレーンとの動きのタイミング、車の位置などが納得いかず何度も撮影が繰り返された。さらに撮影当日は曇天のため、雲のタイミングと実際に太陽が傾くまで待って撮影開始。かくしてフェリーに乗り損ねたら、翌日まで戻れないという制限時間のある中でギリギリまで粘る撮影が行われた。
“粘り”という意味では野々江漁港で行われた野々江干潟での撮影も素晴らしかった。
潮が完全に引いて現れる大三島の野々江干潟。そこで撮影したのは由加利がひとりで干潟を歩きながら過去に想いを寄せるシーン。水が引いて干上がってから静かに海水が満ちていく時を狙って撮影。足あとを最小限にするために少数精鋭のスタッフと共に干潟におりた長澤が歩き回っていく様をスタッフがおさえていく。夕景と合わさって幻想的で美しく、でもどこか切なささえ感じる、まさに由加利の心情を画にしたようなシーンとなっていた。
「数年前に瀬戸内で行ったロケに参加した事がありましたが、その時には感じられない、静かな、でも陽気な土地柄、伸びやかな雰囲気があり魅了されました」(長澤)
瀬戸内の風光明媚な景色は間違いなく、この映画を彩る重要なファクターのひとつになっている。
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